代表理事ご挨拶

2011年4月   杉 山 伸 也(慶應義塾大学教授)

このたび杉原薫前代表理事のあとをうけて、社会経済史学会の代表理事をお引き受けすることになりました。

社会経済史学会は1930年末の発足からかぞえて、今年で81年目をむかえることになります。学会活動も、この数年、研究・教育環境の変化や関心の多様化、さらに学会組織の状況にあわせて、いくつかの大きな改革をおこなってきました。

2004年には全国大会において特別講演を恒常化するとともに、若手研究者を対象とする社会経済史学会賞(隔年)を創設しました。2009年からは全国大会の共通論題を廃止して、いくつかのパネルを併行して設けることになりました。さらに2010年には、従来隔月で発行していた機関誌『社会経済史学』の季刊化に踏み切りました。

学会組織については、2007年以降、理事3期6年の任期制の導入を段階的にすすめてきましたが、2011年から最終的にこのシステムが確立しました。これまでは一度理事に就任すると65歳の定年まで理事をつとめるのが慣例でしたが、任期制の挿入により多くの会員に学会活動に参加していただき、学会に新鮮な風が吹き込まれることを期待したいと思います。

本学会の活動の中心は、いうまでもなく『社会経済史学』の編集と刊行にあります。『社会経済史学』は本学会の顔として、実証レベルの高い研究の伝統を引き継ぎ、一層の充実をはかっていきたいと思います。また2011年には、学会創立80周年を記念して、『社会経済史学の課題と展望』(有斐閣)が刊行されることになっています。

本学会は、国際的な学会活動にはとくに力を入れ、オクスフォード大学出版会から欧文叢書を刊行するなど積極的な活動をおこなってきました。2012年7月には南アフリカのステルンボッシュで、第16回世界経済史会議が開催されます。これまでも世界経済史会議には多くの会員が参加し、またセッションのオーガナイズや報告など会員の国際的な活動にもめざましいものがあります。学会としても、引き続きこうした国際的な活動をサポートしていきたいと思っています。

昨2010年6月に関西学院大学において開催された第80回全国大会では、「社会経済史学の新たな課題-その存在理由の共有を求めて―」というテーマで記念シンポジウムがおこなわれ、社会科学における歴史離れや、研究テーマのニッチ化、現実社会との乖離、グローバル・スタンダードからの遊離など、社会経済史学の現状や方向性について多くの意見がだされました。研究に対する問題意識やアプローチは、当然のことながら、現在私たちが生きている社会環境に強く影響されますが、従来の問題意識の延長線上ではとらえきれない多くの問題もでてきています。その意味で、あたらしい新鮮な視角からのアプローチが期待されることはいうまでもありませんが、それはこれまで脈々と積み上げられてきた社会経済史学の問題意識や研究蓄積をなおざりにしてよいということではありません。

このような学会活動をとりまく環境の変化を考慮に入れて、これからの2年間、つぎの2つの点に力を入れて、学会の運営にあたりたいと考えています。

第1には、若手研究者の育成です。これは、上記の80周年記念シンポジウムにも関連しますが、これまで本学会に蓄積されてきた「知」をいかに継承していくかという問題です。社会科学系の歴史研究における大学院進学者数は、年々減少の傾向にあります。院生は、修士課程に入学してから基本的に8年間で博士論文を完成させなければならないという時間的制約もあって、最初から特定のテーマに特化する傾向があります。他方で、多くの大学教員の研究・教育以外の負担は増加しており、その結果、研究の基礎的なレベルでの教育が稀薄になっていることも否めない事実のように思えます。個々の教員にカバーできる院生教育の範囲にも限界がありますので、大学の枠をこえて、学会として若手研究者の育成について真剣に考えなければならない段階にきているのではないかと思います。

これまで本学会では、学会賞を創設して若手研究者の育成をはかってきましたが、さらに一歩すすめて、今年から若手研究者を対象とするワークショップを実験的に開催し、その可能性を模索したいと思っています。具体案については、企画委員会を中心に議論していただくことにしています。

第2には、学会サイトの充実です。研究や教育のデジタル環境は大きく変化し、一次史料や書籍・論文などのデジタル資料の利用も日常化しています。本学会も、『社会経済史学』のPDFでの公開などデジタル化には積極的に対応してきましたが、今後は学会サイトを充実させ、会員のネットワークを緊密にするとともに、インターネットを効率的に利用した研究・教育活動がおこなえるような仕掛けを考えてみたいと思っています。このために情報化委員会を常設の委員会として新設し、検討していただくことにしました。

本学会の活動は、1,400人の会員の地道な研究活動と、北海道、東北、関東、近畿、中国・四国、九州の各地方部会の活動によってささえられています。同時に、社会経済史学会は、年齢的にもまた分野的にも幅広い研究者が集まる<場>でもあります。会員の方々にもこの<場>を積極的に利用していただき、これまで本学会が育んできた研究成果やネットワークのうえに、政治経済学・経済史学会や日本経営史学会など隣接分野の学会との連携もはかりながら、学会活動をさらに充実させていきたいと考えています。会員の皆様のご理解とご協力をお願い申し上げます。